AI解説の合間に挟む、登場人物のプライベートに踏み込む短編。第3回は 大蔵 涼子(35) が、月1の京都遠征で鞍馬寺を訪れる、ある日曜日の物語。美容Instagramフォロワー2,800人 の裏側に隠した、彼女のもうひとつの精神性について。AIは1ミリも出てきません。
06:30 — 東京駅、新幹線のぞみ7号

大蔵は、東京駅 16番ホームに、6時20分に着いていた。
6時33分発、のぞみ7号、新大阪行き。窓側の席、E列、いつもの位置だ。
キャリーケース は、小さい。1泊しないから。
バッグの中身は、いつもと違う。
- シャネルの長財布(これはいつも通り)
- iPhone(美容アカは予約投稿で5枚分セット済)
- 細長い 桐の箱 に入った 御朱印帳の5冊目(3年前から続けている)
- 白足袋の予備(本殿で必要になる)
- 『古都の散歩 御朱印案内』(2018年版、何度も読み返した)
- 美容用品なし(今日だけは、徹底的に “なし”)
新幹線が動き出した。
大蔵は、ふと、窓の外を見た。
朝焼けが、ビルの間から、ゆっくり、立ち上がってきていた。
大蔵は、桐の箱から、御朱印帳を取り出した。
5冊目の表紙、紺色の地に金の蓮華。
1ページ目から順に、過去の御朱印 を見ていく。
- 清水寺(京都、3年前)
- 東大寺(奈良、2年前)
- 建長寺(鎌倉、去年の正月)
- 伏見稲荷大社(京都、半年前)
- 銀閣寺(京都、3ヶ月前)
27ページ分、墨字 が並んでいた。
大蔵は、深く、長く、息を吐いた。
これだけは、Instagram に、上げない。
09:42 — 鞍馬駅、参道入口
京都駅で叡山電鉄に乗り換えて、鞍馬駅 に到着した。
9月の山は、まだ暑い。だが空気が違う。
大蔵は、参道の入口で、3秒、立ち止まった。
大きな 天狗の顔 の像が、出迎えていた。
赤い顔、長い鼻、白い髭。
大蔵は、軽く、頭を下げた。
「失礼いたします」
誰にも聞こえないように、口の中で。
そして、ハイヒール のクリーム色パンプスで、最初の石段に、足を踏み出した。
10:15 — 鞍馬寺の九十九折参道、中腹

九十九折参道(つづらおりさんどう)は、急だった。
20分も登ると、大蔵のクリーム色パンプスの中で、足の親指が、しっかり、痛みを訴えていた。
大蔵は、石段の途中で、3秒、立ち止まった。
そして、決断した。
「脱ぎますわ」
大蔵は、ハイヒールを、右手に、握った。
そして、バッグから、白足袋 を取り出して、履き替えた。
これが、本当の正解 だと、3年で学んでいた。
木漏れ日が、参道に、模様 を作っている。
大蔵は、白足袋で、石段を一歩、踏みしめた。
足の裏に、石の冷たさ、土の柔らかさ が、染み込んでくる。
大蔵は、3秒、目を閉じた。
「これですわ」
13年の Excel スキル、月20万円の美容代、Instagram の2,800人のフォロワー、年下中途への嫉妬、嫁いだ友人の出産報告。
そういうものが、足の裏の、石の感触と、ゆっくり、入れ替わっていった。
11:00 — 鞍馬寺本殿、参拝
本殿の前に、立った。
1,200年の歴史 が、目の前にあった。
大蔵は、3秒、目を閉じて、合掌した。
願い事は、しなかった。
3年前、初めて来た時には、こう願った。
「結婚できますように」
2年前は、こう変わった。
「仕事が、続けられますように」
1年前は、こうだった。
「母が、健康でありますように」
今年は、何も願わなかった。
ただ、ここに、来られた、ということだけで、十分な気がした。
大蔵は、深く、長く、息を吐いた。
11:30 — 御朱印授与所
本殿の脇の、御朱印授与所に、向かった。
窓口の向こうに、年配の女性 が、座っていた。
大蔵は、御朱印帳を、両手で、差し出した。
「5冊目、最後の見開きに、お願いします」
女性は、軽く、頷いた。
御朱印帳を、開く。
27ページの墨字 を、3秒、めくった。
そして、最後の見開き を、開いた。
真っ白なページ。
女性は、筆 を取った。
そして、淀みなく、書き上げた。
- 「奉拝」(右上)
- 「鞍馬山」(中央、大きく)
- 「令和八年九月吉日」(左下)
- 朱印(中央、丸く、力強く)
女性は、墨が乾くまで、3秒、待ってから、御朱印帳を、両手で、差し出した。
大蔵は、両手で、受け取った。
そして、3秒、見つめた。
「ありがとうございます」
声は、いつもの「あら、私の経験では」モードではなかった。
普通の、35歳の、女性の、声だった。
15:00 — 帰りの新幹線、京都発のぞみ22号

大蔵は、東京行きののぞみ に乗っていた。
窓側、E列、いつもの位置。
膝の上に、御朱印帳を、開いて、置いていた。
鞍馬山 の墨字が、5冊目の最後の見開き に、収まっていた。
大蔵は、3秒、それを、見つめた。
窓の外、夕焼け が、田んぼの上に、広がっていた。
その時、iPhone が、振動した。
Slackメッセージ。
差出人、凡田。
「大蔵さん、明日の月次レビュー資料、Excel の数式エラーが3箇所あって、確認お願いできますか?」
大蔵は、3秒、見つめた。
そして、こう返信した。
「了解、明朝、私が一番に見ます。」
送信。
大蔵は、御朱印帳を、そっと、桐の箱に、戻した。
そして、美容アカの予約投稿の確認 をした。
京都和スイーツの写真、3枚、明日朝の予約済。
御朱印帳の写真は、撮ったが、入れていない。
これからも、入れない。
17:30 — 吉祥寺の自宅
大蔵は、実家の、自分の部屋に、入った。
北欧雑貨が並ぶ棚 の、一番奥、北欧の人々が見たら困惑する場所に、桐の箱専用の引き出し があった。
その引き出しを、開けた。
中には、過去の御朱印帳が、4冊、整然と並んでいた。
- 1冊目(2023年、清水寺で始めた)
- 2冊目(2024年、東大寺で2冊目突入)
- 3冊目(2024年末、鎌倉巡り完走)
- 4冊目(2025年、京都・奈良 月1で30社寺)
大蔵は、5冊目を、その隣に、そっと、置いた。
引き出しを、閉じた。
母が、リビングから、声をかけた。
「涼子、帰ってきた? ご飯、何にする?」
大蔵は、引き出しから、振り返って、答えた。
「お母さん、私、お土産に、鞍馬の山椒煮、買ってきましたわよ」
声が、いつもの “お局見習い” モードに、戻っていた。
大蔵は、3秒、引き出しの方を、見た。
そして、リビングに、向かった。
その夜、Instagram の予約投稿が、朝7時に、自動で投稿された。
京都女子旅、和スイーツ巡り 第3弾 #京都 #女子旅 #和スイーツ #カフェ巡り
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御朱印帳のことは、誰も、知らない。
大蔵自身も、それで、十分だった。