AI解説の合間に挟む、登場人物のプライベートに踏み込む短編。第1回は 主人公・凡田 光輝(38) が、ある月曜日の朝、会社のエレベーターで御託さんと二人きりになってしまった、45秒間の物語。AIは1ミリも出てきません。
8:58

凡田はロビーのエレベーターホールに立っていた。
左のエレベーターが、ちょうど降りてくる。
「チン」
ドアが開く。空。
凡田は安堵して、一歩、中に入った。
ふっと、後ろから声がした。
「あ、待って」
凡田は3秒、固まった。
御託さんだった。
8:58:15
凡田の脳内で、警告音が鳴った。
緊急: 御託さんと二人きりエレベーター発生中
御託は、ロン毛を肩の後ろに払いながら、エレベーターに乗り込んできた。黒モックネック、シルバーブレスレット、いつも通り。
凡田は声を絞り出した。「お、おはようございます」
声が、若干、裏返った。
御託は、こちらを見もせずに「ふむ」と一言、9階のボタンを押した。
ドアが閉まる。
凡田は、3秒で 会話の選択肢を脳内スクロール した:
- 「今日いい天気ですね」 → 凡庸すぎる、御託に「フッ」と鼻で笑われる
- 「昨日の会議どうでした?」 → マウント案件、御託の独演会30秒コース
- 「週末どこか行かれました?」 → 海外旅行Instagram自慢の起爆スイッチ
- 「(無言を貫く)」 → 45秒が永遠になる
どれも地雷だった。
8:58:30 (2階通過)

凡田は、咄嗟に口を開いた。
「あの、御託さん」
「うむ」
「最近、何か面白い本、読みました?」
凡田は、口に出した瞬間に後悔した。御託に本の話を振った人間は、過去全員 後悔している。
御託は、ふと天井を見つめて、考えた。
「…ニーチェの『ツァラトゥストラ』を再読しているところだ。3年ぶりに」
「…そうですか」
「お前は?」
凡田は、3秒、考えた。
正直に答えれば、嫁が買ってきて止まらなくなった『東京タラレバ娘』の最新刊だ。だが、御託に「タラレバ娘」と言える勇気は、凡田にはなかった。
凡田は、震える声で答えた。
「…『東京タラレバ娘』の最新刊を、嫁が…」
口に出した。
8:58:45 (4階通過)
御託は、3秒、無言だった。
そして、ふっと笑った。
凡田は、首から汗が一滴垂れた。
御託は、おもむろに口を開いた。
「『東京タラレバ娘』とニーチェには、共通点がある」
「えっ」
「自己欺瞞だ」
「…はい?」
「人生は、自己欺瞞の連続だ。タラレバを考えること自体が、欺瞞を強化している。ニーチェは、それを 乗り越えろ と言った」
凡田は、3秒考えて、適当に同意した。
「…そうですね」
御託は、満足げに、もう一度「ふむ」と言った。
8:59:00 (6階通過)
沈黙が来た。
凡田は、もう、何も言えなかった。
エレベーターのフロア表示の数字だけが、静かに変わっていく。
6 → 7 → 8
凡田は、心の中で、9階の到着を祈った。
その時、御託が、突然口を開いた。
「凡田」
「はい!」
凡田の返事は、3デシベル大きすぎた。
「お前は、毎朝この時間に出社か?」
凡田は、3秒、選択肢を計算した:
- 「はい」 → 明日も二人きりエレベーターが約束される
- 「いえ、たまたまです」 → 嘘がバレた時の地獄
凡田は、現実から逃げる選択をした。
「…はい、だいたい」
「私もだ」
「…じゃあ、明日も…」
「…そうだな」
凡田の額に、汗が3滴。
8:59:30 (9階到着)

「チン」
ドアが開いた。
御託は、ロン毛を後ろに払いながら、先に降りた。
凡田は、深く、長く、息を吐いた。
エレベーターのドアが、閉まりかけた、その瞬間だった。
御託が振り返った。
「凡田」
「は、はいっ!」
「…『東京タラレバ娘』、貸せ」
凡田は、3秒、固まった。
「…えっ、はい、明日、持ってきます…」
「頼む」
御託は、去っていった。
ドアが閉まる。
凡田は、エレベーター内に、一人、取り残された。
凡田は、誰もいないエレベーターで、ぽつりとつぶやいた。
…明日、絶対 別のエレベーター乗る